ウリナリ芸能人社交ダンス部は、テレビ番組「ウリナリ」から発足しました。
ウリナリ芸能人社交ダンス部をご存知の方も多いと思います。
ウリナリ芸能人社交ダンス部の発足は、社交ダンスがブームになったきっかけとも言えるのではないでしょうか。
1996年4月12日に発足した時の、初代のメンバーをご紹介します。
初代メンバーは、ローズ南原、杉本彩、チューリップ天野、鈴木紗理奈でした。
そしてそれに加えて、翌月末日に、ブラボー内村、ビビアン・スー、矢部美穂が新たに加入しました。
ウリナリ芸能人社交ダンス部の今までの歴史を、ふりかえりたいと思います。
1996年6月28日、JADA第18回千葉県アマチュアスポーツダンス競技大会に参加しました。
その競技大会で、ローズ南原、杉本彩の部長ペアが、JADAの一級を取得しました。
そして、1996年10月4日、南原・杉本ペア、天野・千秋ペア、ブラボー内村・ビビアンペアが、全米社交ダンス選手権に参加しましたが、惨敗でした。
翌月の11月8日、アミーゴウドが加入し、15日に室井滋が登場しました。
そこで、室井滋はジルバの模範演技を披露しました。
29日、今度はアジアの社交ダンス選手権に狙いを定めて練習しましたが、ビビアン・スーが足を挫いてしまったため、ペアの内村はやむなく退場を決意しました。
12月20日には、香港インターナショナル選手権に参加し、天野・千秋ペアが初勝利をあげました。
1997年8月15日、アッセー勝俣、藤崎奈々子、遠藤久美子が新たに加入します。
そして、新たに加わったメンバーは、9月12日に埼玉県アマチュアスポーツダンス競技会に参加しますが、誰も級を取得することが出来ませんでした。
しかし、10月10日に出場した、第1回全日本アマチュアダンスサークルチームマッチコンテストでは、見事6位に入賞することが出来ました。
1998年8月21日、ウリナリ芸能人社交ダンス部の応援部だった堀部とよゐこが、入部を志願してきました。
そして、ウリナリ芸能人社交ダンス部は、団体戦に向けて再始動しました。
9月4日、53歳のバロン内村という謎の助っ人が現れ、18日に行われた応援団ダンス選考会に合格したよゐこの有野、堀部が入部しました。
欠席がちだったバロン内村にかわって、よゐこの濱口が入部しました。
その知らせを聞いたバロン内村は、ショックのあまり入院してしまったそうです。
第2回全日本アマチュアダンスサークル・チームマッチコンテストに出場して、見事ゴールドクラス8位入賞を果たしました。
1999年11月5日、ウリナリ芸能人社交ダンス部は、新入部員を加え、再始動しました。
ウリナリ芸能人社交ダンス部でも踊っていたダンスの種類をいくつかご紹介します。
ルンバは、ラテンの基本の踊りで、ゆっくりテンポで踊る愛の踊りです。
早いテンポで踊る明るい雰囲気のダンスが、チャチャチャです。
カーニバルなどでもおなじみのサンバは、独特のリズムがある踊りです。
闘牛士をイメージした迫力ある踊りは、パソドブレです。
ジャイブは、動きが素早く軽快なのが特徴の踊りです。
足を滑らせるような滑らかなステップで、フロアを円形に回っていくダンスがワルツです。
繊細かつ迫力のある踊りで、リズムは歯切れのよい2拍子系で踊るのが、タンゴです。
ウリナリ芸能人社交ダンス部は、これらの種類のダンスで多くの競技会に参加し、活躍していたのですね。